走る事1
運動が好きで、学生時代は記録に残るような成績はなかったが、女子ウケのアイテムとして安易で効果的だったので、やめることをせず続けている。その辺の話はまたの機会だけど、走る事にフォーカスを当て始めたのは2012年だった。
東日本大震災の翌年、那須に移住を試みた年、運動でもするか。と思って始めたのが靴だけでできるランニングだった。37歳で今から10年前のこと。那須ハーフマラソンに勢いで参加してみたものの、那須街道を延々上り続ける難コースだった。2つ目の関門を制限時間に通過することが出来ずにバスで回収されるという辱めを受ける。言葉は悪いがそのバスで回収された面々はデブの男とデブの女。老人。に壮年の僕。という状態。バスの中でも老人からは若いのに珍しいといわれ、人懐っこいデブのカップルにはケガしちゃいました?と悪気なく問われ。
そんなごくごく軽度のトラウマと共に走る事から遠ざかるのだが、走る事から遠ざかるなんて書くと、まるで毎週走る事をマニフェストとして掲げているようだが、そんなことはなく、気が向いたら2,3キロ走る。くらい。
2,3キロを走ると定義する当時の僕は信号の変わり際にどうしても信号一つの時間が惜しいほど急いでいるときに走るのみで、あとは走る場面というのは大人になればなるほどその機会が無くなっていくものだ。
現在に至り10年ぶりにハーフマラソンに出走し、2時間20分で何とか完走。同僚や友人からはケガするよ。よくやるね。などの激励の言葉をもらいながら、ランニングの深淵が見たく恐る恐るその汀へ近づいていく。